人気ブログランキング |

郁子のひとり言をブログにしました。


by kawaikuko

詩の紹介

あなたの子どもは、あなたの子どもではありません。
子どもは自分自身の人生を熱望している、命の息子であり、娘なのです。

あなたから生まれてきましたが、あなたの分身ではありません。
子どもはあなたと一緒にいる時も、あなたの所有物ではありません。

子どもに愛を与えることができても、考え方をおしつけることはできません。
子どもには子どもなりの考えがあるのです。
子どもの体を家に入れることができても、子どもの精神を家に閉じ込めておくことはできません。
子どもの精神は、夢の中でさえも訪ねることのできない、明日という家に住んでいるからです。

大人であるあなたは子どものようにふるまうことはできても、
子どもを自分に似せようとするのは誤りです。
人生は後戻りもしないし、昨日にとどまっていないからです。
あなたは、子どもという矢を送り出している弓にすぎないのです。

射手ははるかかなたの的を見て、矢を速く遠くへ飛ばそうと、
弓であるあなたを曲げます。

射手の手の中で曲げられることを喜びましょう。
射手が弓を愛していれば、飛んでいく矢も愛しているからです。

     カーリル・ギブラン(レバノンの詩人)
あゆみ出版「子どもの権利条約 学習ノート」より

保育の資料の中で見つけた詩です。出だしがショッキングでびっくりしますが
読んでいると、うなずける部分があります。
詩というものに対する、それぞれの感じ方は違いますが、今回はこの詩を載せてみました。

たいていは弓として、矢を飛ばすことに喜びを感じつつも、時々自分の思いを
押し付けたくなるものです。親としての自分を振り返る時に読んでみてはいかがでしょう。

2008.8.1 Ikuko.Kawamura
# by kawaikuko | 2008-08-02 13:50

「命の大切さ」

皆さんもご存知だと思いますが、最近、悲しい事件が続きました。秋葉原の7人殺傷事件、江東区のマンションで23歳の女性が殺害された事件。ニュースや新聞を見るたびに、心が痛くなります。
わたし達、保育士にとっても、子育て中のお母さん方にとっても、まったく、無縁な話ではありません。このような事件を起こした容疑者にも、必ず子ども時代があったのです。どんな子ども時代を過ごしたのでしょう。
今の子ども達は競争社会の中で育つと言われます。そこに疲れた子どもは、テレビゲームやDVDなどのバーチャルな世界に逃げ込むといいます。バーチャルの世界は、自分の脳を動かさずに生きていける世界なのです。しかし、このようなテレビ、ビデオ、ゲームなどが人間の脳に悪影響を与えることが警告されているのです。(2007・2・1号 ゲーム脳の恐怖)
忙しい時はついつい、ビデオやDVDに子守をさせていることはないでしょうか?あまり頻繁になると「笑わない、泣かない、視線が合わない」という弊害が出てきます。
人間は現実的な体験を通して成長し、それに喜びを感じるものなのです。
長崎で、同級生をナイフで刺すという事件がありました。その時6年生33人に「一度死んだ命がよみがえる事があると思うか」という質問をしたところ28名が「ある」と答えたといいます。本当にショックを受けました。
「命の大切さ」は小さいときから成長の過程で知らせていかなければならないことだと痛感しています。そして、それは「人とかかわる」ことで育つのです。前にも、この「園長室から」でお話しをしましたが、(2006・9・1号 甘えと自立)人との関係を持ち始めるのは、赤ちゃん時代です。親やまわりの人たちにかわいがってもらって「人って信頼していいんだな」「甘えていいんだな」という気持ちが育まれます。そして、それは自分の持つ力への自信や有能感につながります。「自分は存在価値のある大切な人間なんだ」という気持ち、言い換えれば、自己評価を乳幼児期に養うことが大切だと思っています。
保育園では、同じ年齢の子どもたちが一緒に生活することで、言葉をおぼえ、言葉で遊び、喧嘩をしながら、我慢することを覚え、他人の気持ちがわかるようになります。しかし、子どもの成長は保育園だけでも難しく、保護者の方と協力して行って初めて「良い育ち」ができると思っています。
わたし達の仕事は「こども達の未来を作る仕事」です。保育の結果は今は出ないけれど、子どもの未来を信じて保育をしていきたいと思っています。その思いが伝われば、子どもも自分の未来を信じることができるはずです。

最近入園された方で前に発行しているぽかぽか通信を読んで見たい方は事務にお知らせ下さい。

2008.7.1 Ikuko.Kawamura
# by kawaikuko | 2008-07-03 18:49
 子どもをしかるのは、なかなか難しいものです。保育士たちも、日々の保育の中で、どんな言葉かけがいいのか悩むところもあるようです。
今回は「子どもをしかる」ということについて考えてみたいと思います。
子どもにも色々なタイプがあります。ただ「しかる」だけでは効果がない場合があります。
まず、その子の良いところをほめて認めてから、注意をし、最後にもう一度良いところをほめて認めるという「サンドイッチ法」で話すと伝わりやすいと言います。

         「なにがいけないのか伝わるように」
しかるときに気をつけなくてはいけないのは、何についてしかられているのか、はっきりわかるしかり方をすることです。親がカーッときてしまい、怒りにまかせて、一方的に怒鳴り散らしているとき、子どもはおとなしく聞いているかもしれませんが、実は何を怒られているのかがさっぱりわかっていません。こんな時は、まずしかる前に、10数えて怒りを静めて。そのあとで「○○するのはよくないでしょう」と、何がいけなかったのかをちゃんと伝えてしかりましょう。

         「子どもの存在を否定しない」
子どもをしかるときには、「あなたはなんてダメな子なの?」「あなたはうそつきね」など「あなたは○○だ」という言い方をしないことが大切です。これは相手の全人格を否定する言い方ですから、使わないようにしましょう。しかるときは「○○するのはよくない」という言い方で、子どもの人格ではなく、具体的な行動について、指摘するようにしましょう。

            「体罰はしない」  
小さい子どもに悪いことを悪いと教えるには、体罰を与えて体で覚えさせるという人もいますが、そんなことはありません。言葉だけでも十分伝えることができます。
体罰をするとそのとき一時的に言うことを聞きますが、長期的には、反抗的になったり、暴力的になったり、といった悪影響が出てくるという調査結果もあります。体罰は、けっしていいことではありません。なぜなら「悪いことをした人は、たたいたり殴ったりしてもいい」と教えることになるからです。

          「ありのままの子どもを認めてあげて」  
日々、子どもを相手にしていると、ついついカッとなってキレてしまう、というお母さんがいます。キレずにすむようにするには、ありのままの子どもを認めることが大切です。
子どもは、そもそも自己中心的な存在で、失敗をするし、言うことを聞かないものです。とまずは認めてしまいましょう。そして、自己中心的なのは自己主張する能力が育っている証拠、失敗することからさまざまなことを学んでいる、言うことを聞かないのは自立心の表れである、といった具合に、発想を転換してマイナス面をプラスにとらえることが大切だと思います。

2008.5.31 Ikuko.Kawamura
# by kawaikuko | 2008-06-01 16:48

新年度を迎えて

 新年度が始まり、どの子の表情にも大きい組になったという自信のようなものが見られます。注意する場面でも「ダメよ」と叱るより「すごいね。大きい組になったからわかるんだね」とほめるほうが効き目があります。
4月から新卒の保育士も入り、職員一同、心を新たに保育に取り組んでいます。今年は、新卒の先生を中心とした園内の研修を実施しました。保育内容についてはもちろんですが、自分なりの保育観を持ち、いかに充実した生活を送るか、それが日々の保育にも反映されると私は考えています。
保育士自身が、いつも心にわだかまりを持ったり、辛い気持ちでいると、子どもに優しくしたり、笑顔で接することができるでしょうか。
まず、保育士自身が、幸せであることが大切なことだと思っています。
これはお母さん方にもあてはまることかもしれません。お母さんの気持ちが安定し、幸せを感じていれば、子どもも、幸せだと思うのです。
「幸せになる」ということは「自分を好きになる」ということだと言われます。
「子育てがつらい」「子どもが愛せない」と訴えるお母さんの中には、そもそも自分を好きになれない人がいるようです。実際「自分のことが嫌い。嫌いなところばかり似た我が子をとても愛せない」と訴えるお母さんもいると言います。
自分が「NO」だから、それに似た赤ちゃんも「NO」という存在になってしまうのです。自分を愛するということは、自分の存在や自分のあり方に「OK」ということ、そうすれば、赤ちゃんはもちろん、他の人にもゆとりをもって「OK」といえるのではないかと思うのです。


 今年も5月31日(土)に遠足を予定しています。今年度の場所や内容については昨年の反省をもとに、いろいろと検討しています。昨年は安比高原に行きました。バスでの参加、自家用車での参加も自由にしました。雨のための屋内休憩所を安比のホテルの中に設けたり、ナーサリーだけのバイキングコーナーを利用できるようにしてもらいました。
MHナーサリーでは、行事は0歳児から5歳児まで全員での参加を心がけています。近い場所としては、小岩井農場や、動物公園という案もあるのですが、雨が降ったときに、赤ちゃんが屋内で休める場所がある、ということが条件なのです。
実際、昨年の遠足後にとったアンケートの中には「オムツ替えの場所やミルクのお湯があって助かりました」「屋内の休憩所は小さい子にとってはとても良かった」などという意見が多くありました。また、バイキングについては、値段を安くするか種類を多くしてほしい」という要望もあり、その点についても検討中です。
アンケートの中で一番多かった内容は「普段の保育園での子どもの様子を見ることができた」「担任の先生の紹介があって良かった」「同じクラスでも初めて会った方もいて、自己紹介をしながら親しくなれた」などというものでした。

2008.5.1 Ikuko.Kawamura
# by KAWAIKUKO | 2008-05-03 09:12

卒園式が終了して...

入園してきた時のことを振り返ると、1人1人のまだ、幼い顔と不安そうな表情が目に浮かびます。保育園で過ごした年数はそれぞれ違いますが、たくさんの思い出を胸に巣立って行きました。
今年、卒業記念文集のはじめのところに、金子みすずの「わたしと小鳥と鈴と」という詩を載せました。
   わたしが両手を広げてもお空はちっとも飛べないが
   飛べる小鳥はわたしのように地べたを早くは走れない
   わたしが体をゆすってもきれいな音は出ないけれど
   あの鳴る鈴はわたしのようにたくさんの歌は知らないよ
   鈴と小鳥とそれからわたしみんな違ってみんないい
今年、ぴかぴか組を担任した紀子先生も、一年間、子ども達の「いいとこ探し」をしたとありました。子どもも大人も「みんな違ってみんないい」はずなのです。

最近は「パーフェクトチャイルド」を求める親が増えているそうです。
健康で、素直で、明るく、協調性があって、自分の意思をしっかり持ち、しつけの行き届いた、勉強もスポーツもできる子といった、あり得ない理想の子ども像を我が子に本気で求めているようです。あれも、これもと言いたくなる親心は分かりますが、子どもの個性が置き去りにされているような気がするのです。
先日、テレビで「居場所を下さい」という番組を見ました。母親の顔を殴る13歳の息子の問題や、キレる少年と格闘する先生を取り上げた内容でした。どの子もイライラした思いや、やり場のない「怒り」を、どこへぶつけたらいいのか苦しんでいるように見えました。
今まで「いい子」で来た子どもが、どうしてこうなるのか、色々な問題があるのでしょう。
しかし、突然、「キレる子ども」にはならないと思うのです。
人との関係を持ち始めるは、赤ちゃんの時代です。人間は生まれてきた時から「人と結びつく傾向」が備わっています。親や回りの人達にかわいがってもらい、「人って信頼していいんだ」「甘えていいんだ」という気持ちが育まれるのです。そういう時期をしっかり過ごすことによって、自分の持っている力への「自信」や自分の持っている能力を実感する気持ちにつながっていきます。
私たちも正にこの大切な時期を担っているのだと責任の重さを感じています。

「自信」というものは「存在に対する自信」と「能力に対する自信」の二つがあると言います。「存在に対する自信」とは自分はこの世に生きている価値があるのだという自信、一方「能力に対する自信」は勉強ができる、スポーツができるということへの自信で周囲から褒められることで育まれます。
「存在に対する自信」さえあれば能力があっても、なくても大丈夫。ところが、「存在に対する自信」がないのに、勉強ができることだけを親が褒め喜んだら、子どもにとっては、勉強ができることだけが唯一の存在価値になります。そういう子どもは成績が下がれば生きてる価値さえ失いかねません。

今は情報が氾濫していて、わが子に一番大切なことが何かが見えにくくなっていたり、何を信じて子育てをしたらいいのかわからなくなっているような気がします。
親も最終的には自分で判断し、自分で行動を決めなければならないのです。
「育児」は「育自」であるとも言えます。

子どもは自分の所有物ではないのです。生まれた時から一つの人格を持っています。親の思うようには育たないし、どんなに幼くても個性があります。
親の理想や感情で子育てをするのではなく、「みんな違ってみんないい」を心にとめて子育てをしたいものですね。そして私たちも常にそういう保育を心がけていきたいと思っています。

2008.3.28 Ikuko.Kawamura
# by kawaikuko | 2008-03-27 21:03

給食の安全性について

中国製冷凍ギョーザ中毒事件後、保育園でも今までの仕入れについて業者に問い合わせ、そのような仕入れはなかったことを確認しました。
今回の事件は多くの輸入食材に頼る日本の食のあり方にも疑問を投げかけたと言えるかもしれませんね。
しかし、輸入食材だけでなく日本で作られているにもかかわらず、自分の食べている「食品」が、どのように作られているかを知らないことも多いと思うのです。
以前、私は「食品の裏側、食品添加物」という本を読みました。そこには、知らないうちに大量の添加物を食べているという現実が書かれていました。
例えばコンビニで買う昆布のおにぎりなら、「調味料(アミノ酸等)」「グルシン」「カラメル」「増粘多糖類」「ソルビット」「甘草」「ステビア」「ポリリジン」また、ご飯の甘みを出しておいしくするために「アミノ酸」などの化学調味料や「酵素」が。それ以外にも、パサパサ感をなくし、照り、つやを出すために、また、機械で大量生産する際ひとつひとつが機械からはずれやすくなり、加えて食べるときにもフィルムがするりと抜けるように「乳化剤」や「植物油」が使われていたりするのです。
「今日はご飯を炊くのが面倒だから、コンビニのおにぎりで済ませましょう」と言っておにぎりを買ってきたら、それだけで10種類近くの添加物を摂取してしまうというのです。

しかし、私たちは日常、間違いなく添加物の「恩恵」を受けているのも事実です。
自分で作れば2時間もかかるものが、加工食品を使えば5分でできる。本来ならすぐ腐ってしまうものが、長持ちしておいしく食べられる。
そんな「安さ」「手軽さ」「便利さ」それは食品添加物があってこそとも考えられます
そして、このような加工食品の味を子どもは大好きだというのです。
しかし、日常の中で怖いと思うことは毎日食べ続けることで子どもの味覚が麻痺してしまい、本物の素材の味、お母さんの作る料理を「おいしい」と思わなくなることです。

ナーサリーでも、給食やおやつは、できるだけ手作りで、添加物の少ないものを心がけています。得に毎日使う、ダシ、味噌、醤油にはこだわっています。だしは煮干、昆布かつおを使ったもの、味噌、醤油も無添加のものを使っています。コスト的には高くなりますが、少しでも自然の味に近づいた安全なものを食べさせたいと考えています。

また、給食を担当している調理師や栄養士の先生も、給食を食べる子ども達の様子を観察し、その日の献立の内容を説明したり、どんなものが入っているかをクイズにしてみたり、子どもたちが食事に興味を持てるように心がけています。
消費者である私たちができるだけ自分に近い生産地の食品を選択し、その品質、安全管理に目を光らせることが大切なことだと思います。
これからも、私たちにできることから少しずつ食育に関わっていきたいと考えています。

2008.3.1 Ikuko.Kawamura
# by kawaikuko | 2008-03-01 00:00

子どもとのかかわり

先日、ある新聞社の取材を受け、「MHナーサリーの特徴を教えてください」と言われました。まず、一番目は完全給食であることを話しました。市内のほとんどの保育園は副食給食(ご飯を持参し、おかずが提供される)を行っています。二番目はお昼寝用の布団を3コースから選ぶことができ、レンタル布団も利用できるということ。そして三番目は休日保育を行っていること。今年は盛岡市内の認可保育園として初めて年末年始も保育を行いました。
そのようなお話の中で新聞社の方が「色々なサービスを行っているのですね。朝は7時から夜は8時までの保育ということですが、保育サービスを拡充すればするほど、親の責任意識が失われていくという不安はありませんか?」という質問をされました。新聞記事を書く方にとっては、日々、色々な事件を目の当たりにするたびに、今の親子関係に変化が見られていると感じているのでしょう。私たちも現状の保育にまったく矛盾を感じていないわけではありません。
文部科学省は「早寝早起き朝ごはん」と言い、しかし実際には親の勤務時間も長くなっていることから夜型の子どもが増えています。一家団欒という言葉がありますが、なかなか家族での時間が取れなくなっているのではないかと思っています。ナーサリーでは完全給食を行っていますが、それにはまず、子どもたちに温かいご飯を食べさせたいということ、できるだけ栄養バランスを考えた給食を心がけ、充実させていきたいと考えています。
その分家庭では朝の忙しい時間だと思いますが、ぜひ子どもと向き合って、しっかり「朝ご飯」を食べてほしいと思うのです。
今、食生活の乱れが子どもの脳に変化をおこしていると言われています。2003年長崎の幼児殺人の中学生の部屋に捜査員が入って見たものはおびただしいスナック菓子の空袋とインスタント食品、ソフトドリンクの空き瓶だったと言います。食が破壊されると人の心も壊れるという記事を読んだことがあります。
保育時間についても朝7時から夜8時までとなると13時間も保育園で過ごすことになります。実際、そのような子は少数なのですが、親の仕事によっては止むを得ないこともあります。また、仕事の内容によっては休日の出勤という保護者の方もいるでしょう。私たちは、そのような保護者の方の少しでも役に立ちたいという思いから今年、年末年始も保育を行いました。しかし、仕事が早く終わった時は少しでも早く迎えにきて、子どもと一緒に過ごす時間を作り、夕食も家で家族みんなで摂ることを心がけていただきたいと思うのです。子どもはそれをしっかり受け止め、仕事をする母親を認めていくのではないかと思います。
私たちは、これからもお父さんお母さんが仕事をしやすいような保育を心がけていきたいと思っています。お家の方もそのサービスを利用しながら、時間のある時には、できるだけ「子どもとのかかわり」を忘れないでほしいのです。
「一家団欒」そこには、安らぎがあって、いろんないやなことがあっても、家に帰って来たらホット安心して、また再スタートする。いわば人生の基地、心の居場所なのです。
豪華な食事でなくてもいいと思います。家族で心をかよわせて家で過ごす時間を大切にしてほしいのです。
私も我が子を生後2ヶ月から預け仕事をしてきました。いつも少しの迷いの中で仕事を続けてきました。今になってその頃には見えなかったものが、少しずつ見えてくることがあります。
すでに成人を過ぎ仕事をする娘のお弁当を今でも毎日作っています(いつまでも甘い母親ですね)料理など、まったく興味のなかった娘が最近になって「これ、どうやって作るの?」と聞いたり、「今日は一緒に夕飯作ろうかな」と言うようになりました。「あれをしなさい」「これはダメ」と言わなくても、母親として伝えたいことは、毎日の何気ない生活の中にあるのかもしれません。
私が母から受けた愛情をいつしか知らずに娘にしていたように、いつかきっと娘も母になって自分の子どもにしてあげる日を願っている今日この頃です。

2008.2.1 Ikuko.Kawamura
# by kawaikuko | 2008-02-02 15:07

お遊戯会を終えて

12月23日の「ぽかぽかおゆうぎ会」にはたくさんの方にお越しいただき、ありがとうございました。
アイーナホールでの「おゆうぎ会」は今年で2回目ですが、いつも子ども達の堂々とした演技に驚かされます。ナーサリーでの練習は毎日のように行っていますが、アイーナホールでは当日が初めての演技となります。始まる前に少しだけ場所の確認をするクラスもありますが、ほとんどが「ぶっつけ本番」なのです。幕が開いた瞬間ビックリして泣く子もいるのかなと思いましたが(もちろん、そういうことも経験のひとつなので良しと考えています)むしろ、ニコニコと普段の練習以上の力を発揮してくれる子ども達でした。
遊戯、劇、オペレッタなど年齢に合わせた内容を考え、役を決め指導に当たった保育士たちは、お面作りから、大道具、衣装の製作と休日返上で臨んでいました。また子ども達もその思いに応えるように一生懸命練習に励んでいました。うまくいかないことや、いやになったこともあったかと思いますが「頑張る」ことの大切さや、やり遂げることの「達成感」も、子どもなりに感じたことと思います。
これからも、日々の保育はもちろんですが、決して多くはない行事のなかでも、楽しみながらたくさんのことを学んでもらいたいと思っています。
そして、今回も保護者の方からお遊戯会の感想をお寄せいただきました。
「すばらしかった」「感動した」「途中でのビデオ上映で、子どもの普段の様子がわかって良かった」など、たくさんのご意見をいただき、私たちもうれしく思っています。また来年につながる貴重なご意見もありましたので、しっかりと活かしていきたいと考えています。
年長組は卒園まであと数ヶ月となりましたが、ナーサリーでの思い出がいっぱいになるような、楽しい日々を過ごしたいと思っています。


2008.1.4 Ikuko Kawamura
# by kawaikuko | 2008-01-04 23:09
ナーサリーでは11月から4歳児5歳児のどんどん組、ぴかぴか組が希望者を対象にスイミング教室に通うことになりました。体を鍛えるという意味でも良い活動であると思っています。実際、一回目の教室が16日にありましたが、みんなとてもはりきっていました。
また、ぴかぴか組は小学校の入学に向けて、少しずつ昼寝の時間も短くして、その時間で「あいうえお」のノートで字の勉強をしたり、製作活動や独自の活動を取り入れていきたいと考えています。
保育園の良い点は保育時間が長く充実していることです。もちろん年齢によって活動内容は違いますが、のんびりと過ごす時間の中で、友だちとのかかわりを深めながら、色々なことに取り組めることだと思います。
私は20年ほど幼稚園教諭をしておりました。幼稚園は8時半に登園し、自由遊びや個々の活動の後、10時に始まり、11時45分頃まで中心活動があります。
その後、給食を食べて、少し静かな時間を過ごし(絵本や紙芝居)1時40分に幼稚園バスが出発します。(幼稚園によって多少の違いはあります)
MHナーサリーでは午前中の活動は、ほとんど幼稚園と変わらない活動内容ですが、給食の後、昼寝がありますので、少し体を休め、午後からまた思い思いの活動に取り組むこともできます。そういった時間を有意義に活用し、中国語や英語、または手話などにも取り組んでみたいと考えています。子どもは、遊びを通した活動の中で学んだものは、自然に身についていくものです。
私も今、ぴかぴか組の子ども達と「お遊戯会」に向けて「1剣」という踊りの練習をしています。少しずつ踊りの楽しさがわかってきたのか「もう一回、もう一回」と練習をせがむ姿がみられます。

このような、3歳以上のクラスの活動とは別に、0歳から1、2歳児は家庭の延長のような雰囲気の中で安心して過ごし、自分を受け入れてもらったり、思いやりの心を学びながら、友達と過ごす楽しさを感じさせたいと考えています。これからも、ナーサリーらしさを大切にしながら子ども達とかかわっていきたいと思っています。

2007.12.1 Ikuko Kawamura
# by kawaikuko | 2008-01-04 23:07
最近読んだ本の中にこんな文章をみつけました。今回はその文章を抜粋させていただきます。
「苦しいときは、頼っても甘えても大丈夫」
人に甘えてはいけない。依存してはいけないと思って、ひとりでがんばりすぎる人がいる。最近では「自立」という考え方が浸透してきて、「自立」しなければならない。マザコンやファザコンはいけないという風潮が強い。しかし、時には人に甘えることも必要である。
小さいときにたっぷり親に甘えて育った子どもは、意外に親離れが早い。ところが、何かの事情で親に十分甘えられなかった子どもは、大人になっても「甘えたい」という気持ちが残ってしまう。甘え足りないのである。小さいときから、自立だ、過保護にしてはいけない、とギリギリやりすぎるのも害があるのだ。
また、子どもにも大人にも「転機」がある。今までより一段と大人になる、成長の節目だ。何か新しいことに挑戦したり、今までとまったく違う道に踏み出すときだ。
さて、そんなとき、人間は少し甘えたくなるものである。新たな自分になって再出発する前に、いっぺん子どもに返って依存したい。そこで十分に甘えて初めて、もう一回り成長して立ち上がることができるのである。こんな時は周囲のサポートが必要だ。ひとりでほうっておいて「がんばれ」というより、甘えてきたら、甘えさせてやるとよい。
手を出して助けてやる必要はないが、気持ちの上では一緒にいてやる。そんなサポートを何より必要としているときなのだ。
大人であればあるほど、「人に甘えられない」と思っているので、なかなか回復しない。グチや不安を口にしたりできれば回復も早いのである。
もし、あなたが、今まで人に頼らず、甘えずに生きてきたのなら、ときには人に甘えてみてもいい。あなたが不安を口にすれば、きっと理解を示してくれる人がいる。何もかもひとりで背負うのはやめて、大いに弱音をはきなさい。
周囲の人には、あなたの悩みをいっしょに背負ってくれる力がないと思うのは間違いである。解決はしてくれなくても、友人でいてくれる力は誰にもある。やさしい言葉や温かい言葉をかけてくれる人はたくさんいるはずだ。
困ったときには、誰かに頼ればいい。そう思えば、何もこわいことなどないではないか。
という内容でした。

私が以前「子育て相談」の相談員をしている頃に感じたことは、悩みは人に話しているうちに自分で、その解決方法を見つけていくということでした。子育てをしながらであれば色々な悩みがあるものです。「こんなことを話したら、・・・」などと考えず何でも話してみましょう。何か解決の糸口が見つかるかもしれませんよ。

2007.11.1 Ikuko Kawamura
# by kawaikuko | 2007-11-04 17:27

運動会を終えて

平成19年9月22日に行われた運動会には、たくさんの保護者の方やおじいちゃん、おばあちゃんに参加していただきありがとうございました。子どもたちは元気いっぱいで、楽しい運動会を行うことができました。
また、3月に保育園を卒園した子どもたちも、久しぶりに集まり再会を喜んでいました。
当日は雲が多く、湿った風で蒸し暑い一日となり、体育館は少し暑苦しい感じもありましたが、MHナーサリーでは、毎年、桜城小学校の体育館を借りて行うことにしています。それは、0歳児も一緒に、全員で運動会を楽しみたいという思いと、雨が降って延期という事態を避けたいからです。
運動会の練習は保育園で行いますが、ほとんどの子どもが、当日、初めて体育館でかけっこやお遊戯を行います。場所が変わることで戸惑うこともあるようですが、その場に応じて行動できるたくましさも育ってきているようです。

1歳児、2歳児では、恥ずかしがったり、お母さんから離れられずに、せっかく練習した成果を出せずにいた子も、年齢とともに堂々と、演技できるようになります。
そのような成長の過程を楽しむことも大切なことだと考えています。
3歳以上の子ども達は、競技数も多い中、一生懸命取り組みました。5歳児の子ども達はナーサリーのリーダーとしての自覚も芽生え、最後まで頑張る姿を見せ、年長児らしさを感じさせてくれました。
保育園での最後の運動会をやり遂げた満足感は子どもの心にしっかり残るものだと思います

運動会でお家の方からたくさんの声援を送られることや、家族が一緒に競技に参加して
楽しむことが、子どもにとっても、うれしい体験なのです。
12月にはアイーナホールでお遊戯会があります。以前にも増して一段と成長した姿が見られることと思います。ぜひ楽しみにお待ちくださいね。

なお、屋上に待望の砂場が完成いたしましたので、見学をご希望の方はご案内しますので、職員までお知らせください。


2007.10.1 Ikuko Kawamura
# by kawaikuko | 2007-09-30 16:17

最近の子どもたちは

最近の子どもたちは、昔の日本人の食生活では考えられないほどの大量の油脂をとり、また、油をおいしいと感じるようになったと言われています。
実際、マヨネーズを、何にでもかけて食べる「マヨラー」の増加など、同じ日本の食文化で育ったはずの子どもたちが、親世代とは、違った食行動をとり始めています。よく「いもの煮ころがし」は「おふくろの味」と言われますが、それは幼いころから何度も数多く食卓に出てなじんだ人だけに通じることです。一度も食べたことがなければ、決して「おふくろの味」にはなりません。「今日も忙しいから○○カレー」となれば、一番たくさん食べたものが、その人にとって「おふくろの味」、一番なじんだ味として定着していくようです。
食の経験の幅が少なければ、大きくなっても、色々な味になじんでゆくのが難しいかもしれません。子どもの将来の食の影響を考えると、一人一人の子どもの食の体験が大切なのではと思うのです。
そのようなこともふまえ、ナーサリーでも8月から給食の献立を新しくしました。
栄養価も含め、色々な食材や料理の種類を経験させたいと考えています。給食は一日3食のうちの大事な1食、園ではおいしい!と思う味を子どもに伝えていきたいと思っています。初めは戸惑うこともあるかもしれませんし、苦手なものもあるかもしれませんが、あまり強制せず、ひとくちでも挑戦できたら、ほめてあげるようにし、全部食べたら「お皿がピカピカだね」と保育士が認めてあげるようにしています。
もちろん、苦手なものばかりではありません。新しいメニューの中でもコロッケバーガーやポパイチャーハンなどは、子どもたちに大人気で、歓声があがりました。また、食育とまではいきませんが、どんどん、ぴかぴか組の子ども達は、その日、出された食材についてみんなで学んでいます。例えば血や肉になる「赤のなかま」、パワーを生み出す「黄色のなかま」、体の調子を整える「みどりのなかま」などカードを使って勉強しています。
そのような中で、バランスよく食べることの大切さを学んでいるようです。
育ち盛りの元気な子どもの健康には、食事中の栄養素の働きだけでなく、いつ何を食べたのか、楽しく運動ができたのか、早寝して十分な睡眠をとったのかなど、生活習慣のさまざまな面が関連してきます。特に朝食の大切さを理解し、朝食をきちんと食べる習慣を身につけたいものです。朝食ぬきで登園すると、ボーっとする、イライラする、集中できず落ち着きがない、朝、排便しない、というようすが見られます。また、実際、遅く起きることにより、保育園の給食をほとんど食べることができなかったり、お昼寝もスムーズにできず、集団生活のリズムに、なかなかのれない、という状態があるようです。
子どもの成長を考え、早寝早起きで十分な睡眠をとり、一日3度の食事を規則正しくとるようにしていきたいものです。

2007.9.1 Ikuko Kawamura
# by kawaikuko | 2007-09-01 13:10
最近のニュースで、体罰についての悲しい事件を見るにつけ、本当に
辛い気持ちになります。「しつけのつもりでやった」というのが親の言い
分ですが、死に至った例などにおいては、子供はどれほどの苦しい思
いをしただろうと胸がしめつけられる思いです。

ある記事の中に「指のあとが残るほどたたいてしまった」と告白した例
や「夢中で子どもをたたいて、すっとしている自分を感じてぞっとした」
というお母さんの告白もありました。
「愛のムチ」という考え方も、一向に無くなりません。愛情さえあれば、
子どもは、叩いていい、愛情を込めた体罰なら効果はある、愛情があ
るからこそ、叩くという考え方です。しかし、赤ちゃんは、私たちが思っ
ている以上に知能が働くのです。

実際、言葉でやりとりできない時期でも、赤ちゃんは相手の表情から、
「自分がどうしたらいいのか」という情報を受け取っています。お母さん
やお父さんの表情、雰囲気を感じ取って行動の基準にしているのです。
子どもは自分では話すことができない時期でも、聞く能力、感じる能力
が高いのです。
つまり、「言葉で言っても分からないから叩く」という考え方は間違って
いるのです。
幼くても言葉を使って、伝えようという気持ちを大切にしましょう。叩くこ
とで、子どもを黙らせたり、従わせることができたとしても、子どもが本
当に納得して行動を変えたわけではありません。一時的に怖かったり
痛いから、その場はやめただけです。
子どもは、理由を知り、納得しながら、育つものであり、力で抑えても
だめなのです。なによりも、大人と子どもとは体格差があります。絶対
的に強い立場の人が暴力をふるうことは許されることではありません。
また、言葉の暴力もやめなければなりません。「もう、知りません」「うち
の子じゃない」「なんてバカなの」などの言葉です。これは、「愛していな
い」あるいは「存在してはいけない」というメッセージを子どもに送ってい
ることになるからです。子どもは「自分は親から愛されていない」と感じ、
自信を失い、人間に対する信頼を持ち続けるのが難しくなってしまいま
す。それは結局子どもの自立を妨げることになります。
「愛のムチ」は親の言い訳に過ぎないということを心においておきましょ
う。子どもは、みんな自分を認めてほしいのです。もし、子どもが「留守
番できたよ」と誇らしげに言うなら「そうだね!すごいね!」と子どもの
気持ちに共感したまま、言葉にすればいいし、「淋しかった」と泣き出し
たなら、泣く子を抱いて「淋しかったんだね」と受け止めてあげればいい
と思います。子どもに大切なのは、「自分にとって大事な人が気持ちをわ
かってくれた」ということです。
失敗したときは「前もそうだったでしょ!」なんて、以前の失敗を持ち出し、
あれこれ言わないでください。また「ダメな子」などと全否定しないでくださ
い。どこが悪かったかは、たいてい、子どもは気づいているものです。いっ
しょに失敗の後始末をすることで、子どももホッとするのです。そして、この
ようなことは、私たちの保育にも共通するものだと考え、日々取り組んでい
きたいと思っています
                                                     2007.7.31 Ikuko Kawamura
# by kawaikuko | 2007-08-05 19:58

新しい年です。

新しい年がスタートしました。12月23日のぽかぽかお遊戯会はアイーナホールで行いました。初めての場所にもかかわらず、みんな頑張って、かわいらしい演技を見せてくれました。先生達も本当にご苦労様でしたという気持ちです。1月から新入園児も加わり、益々にぎやかなナーサリーです。年長組の子ども達は卒園に向けて最後の思い出作りをしています。「ナーサリーが大好き」という子ども達ですが学校に行っても、伸び伸びと明るい子どもでいてほしいと思っています。
# by kawaikuko | 2007-01-25 11:05

はじめまして。

今日からブログをスタートさせます。日頃の保育園の子どもたちの様子や私が考えていることをこのブログに載せたいと思います。
10月から給食の時間「わくわく、どんどん、ぴかぴか組」で子どもたちと一緒に食べるようにしています。子どもたちの会話が聞こえたりして楽しいひとときです。
「お給食の準備ができました」と、お当番の子が職員室にお迎えに来てくれますが、その時の表情が、ちょっぴり恥かしげでもあり、得意げでもあり、かわいいですよ。
# by kawaikuko | 2006-11-24 17:19